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フィンバーグ Finberg 博物館で鑑賞されるランクのお品 素晴らしいコンディションのアンティークコンパクト guilloche 1920年代1930年代 ダンシング FMCO ギヨシェ 金リボン

フィンバーグ Finberg 博物館で鑑賞されるランクのお品 素晴らしいコンディションのアンティークコンパクト guilloche 1920年代1930年代 ダンシング FMCO ギヨシェ 金リボン

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カテゴリ:
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商品番号:
D505
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ギヨシェバナー
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写真のあとに説明文章を掲載しております

































↑ ともに Finberg の逸品コンパクトです


↑ ご参考までに 1930年代のダンシング・コンパクト(リングを指にかけてダンスすると五角形のコンパクトが揺れてスイングしました)


白く繊細でやさしい風情のミニ・コンパクト。ハンドルに指を通して持ち運ぶタイプです。実用品というより「美術的な装身具」として作られました。

芸術作品のようなこのコンパクトは、1920年代の技術と美意識の結晶で、博物館で鑑賞されるランクのお品です。

ブランドは、彗星のように現れて消えた Finberg(フィンバーグ)。加飾技法の素晴らしさ、金属の精密さによって、他ブランドから製造の手本と仰がれました。

この Finberg のコンパクト製造は、1920年代から1930年代、20年に満たないわずかな期間です。現存しているものは非常に少ないのです。このお品は アンティーク品(ほとんどアンティークである品)としてのコンディションが素晴らしく、「すぐれた技法の標本」としても価値の高いお品 でございます。


昔も今も「世界の宝石首都」(宝石加工工場が集積している街)と呼ばれる米国マサチューセッツ州アテルボロ。

その地で宝石職人としてキャリアをスタートした Finberg(フィンバーグ)青年は、バニティケース(化粧品ケース)分野の可能性に着目します。ちょうど100年前、1910年頃のことです。「エドワーディアン・スタイル」がもてはやされた時代です。

白く繊細で、やさしい風情が「エドワーディアン・スタイル」の持ち味です。この小さな美術品のようなコンパクトにも、そのテイストが伺えます。

純白と淡いグリーンのギヨシェ。金のリボンが透明なガラス釉薬の下で輝き、アクセントになっています。ゴージャスですが上品で、どこまでも優雅です。

では細工についてお伝えします。どうぞまず最初に、拡大写真16をご覧ください。

25ミリと白文字で書いております。この距離に細かい模様が透けて見えています。この模様を刻む(金属を繊細に彫る)のが、最初の工程です。これを guilloche(ギヨシェ/ギロシェ)と申します。

この彫りはエンジン・ターンから生まれます。機械に取り付けたタガネの尖端で、金属に彫り込み装飾をする作業です。機械(エンジン)を回転(ターン)させておこないますが、調整や操作は、金属切削職人の腕にかかっています。たいへん微妙な、高度な技術のいる作業です。

わずかな面積でもエンジン・ターンがなされていれば、一点物の価値が高まります。存在感もぐんとアップしますが、そのエンジン・ターンが、このミニ・コンパクトではオモテ側にもウラ側にもほどこされています。「精緻な美術品」と呼ぶにふさわしい細工です。

オモテ側の彫刻パターンは拡大写真16でご覧ください。ウラ側は、オモテ側と違うパターンです(写真6)。ここまでが第1工程の「エンジンターン彫金」についてです。

第2工程では、エナメラー(エナメル細工の職人)が登場します。幸いなことに Finberg は「すご腕エナメラー」をかかえていました。彼の名前も判明しています。アテルボロで、よく名の知れた人物で「パラマウント・エナメラー」(最高のエナメラー)と呼ばれていたそうです。

彼の仕事は、金属の彫りの上に、ガラス釉薬(エナメル)を薄くかけては高温で焼く作業です。下の彫刻を透かし見せるためには、ガラス釉薬を「均質に」「薄くかけて」焼く必要があります。

この「釉薬をかける→焼く」の工程をくりかえす作業は、たいへん高度な技術が必要だそうです。ややもすれば透明感を失い(ガラス釉薬が濁り)、明朗な「すっきり感」がなくなります(分厚くなって、もたついた印象になります)。写真4・6・17の透明感・スッキリと磨き上がられた印象をご覧ください。

この透明感を維持しつつの途中で、ハンドペイント(バラと忘れな草の手描き)を焼いて封じ込めなければなりませんし、金色のリボンも焼き封じなければなりません。

それら(手描きの絵の具や、金色リボンの金属)が高温によって溶け出さないよう、形が崩れないよう、色飛びしないように…と、エナメラーに課せられる条件は厳しいものばかり。それを難なくなしとげて、出来上がったのがこのコンパクトです。

技法のお話がつづきました。次は内部の構造に移ります。

写真13をご覧ください。手前側(緑のハンドルがある方)がお粉の場所です。内フタがしまっている状態で写真を撮っています。

垂直に立てて写したのは、金属製ミラー。このミラーはチークの場所のフタの役目も果たします(写真12ではチークの場所をピッタリとふさいでいます)。このお粉の場所とチークの場所は、アルコールで徹底清拭してあります。ご安心ください。

コンパクトを閉じると、ハンドルがよく目立ちます。凝ったデザインです(写真15)。このハンドルは、コンパクト本体よりもすごい細工です。黒っぽい区画線が表現されています。

ハンドルは指が1本通せる大きさです。一番下の参考写真にある「フィンガーリング」のリングに当たるのが、このハンドルです。下から2枚目の写真、右のお品にも「フィンガーリング」があります。

宝石職人としてキャリアをスタートした Finberg(フィンバーグ)青年の目標はありきたりなものではありませんでした。手間をかけ、コストをかけて最高のものを作ることでした。その理想は数十年でたちゆかなくなりました(高価なものは多くは売れません)。

Finberg はあっけないほど潔く、コンパクト分野から撤退してしまいました。それから90年。残されているのはわずかな製品ですが、素晴らしいものばかりです。その中でも、一目で格別のクオリティと分かるコンパクトが、このお品です。


Finberg(フィンバーグ)の成功の秘密は、このブランドの拠点、米国マサチューセッツ州アテルボロにあるかもしれません。

若くしてアメリカに渡った青年 Finberg はこの町で宝石職人としてキャリアをスタートさせました。宝石加工や印刷物、香水を扱いながらバニティケース(化粧品ケース)に進出したのは1910年ごろ。

当時のこの町には、バニティ関連の加工場がたくさんあり、活況を呈していたそうです。そうした中には、すでに高い評価を得ていた R&G Co( La Mode ) もありました。

Finberg は R&G Co( La Mode )などの近隣工場から、多くのヒントを得たのでしょう。彼の宝石職人としての経験も、審美的なコンパクトを作る力となったにちがいありません。FMCO(Finberg Mfg.Co)を立ち上げました。このお品にもこの刻印が入っています。

金属の彫刻の素晴らしさに加え、Finberg の強みは凄腕のエナメル職人をかかえていたこと。均質な、薄い、透明感のある釉薬をかける技術は Finberg の誇りだったことでしょう。100年近く経った今も、エナメルはその魅力をよく保っています。

【 サイズ 】
6.0 cm × 5.2 cm(コンパクト本体の寸法)
厚さ… 1.6 cm